【司法試験予備試験】R3論文答案例(刑法)

第1 甲の罪責

1 甲がY宅から本件段ボール箱を持ち出した行為について、窃盗罪(235条)が成立しないか。

(1)ア まず、本件段ボール箱の所有は甲にあり、「他人の財物」と言えるかが問題となる。

 この場合、窃盗罪の保護法益は242条により、占有そのものであると解される。そのため、Yが自宅に占有している本件段ボール箱は「他人の財物」にあたる。

 イ また、甲は、Y宅に侵入し、Yの意志に反して本件段ボール箱を持ち出しているため、「窃取」したといえる。

 ウ よって、甲がY宅から本件段ボール箱を持ち出した行為は、窃盗罪の構成要件に該当する。

(2)しかし、甲は、預けていた本件段ボール箱をYから回収しようとした際に、「返してほしければ100万円もってこい」と脅迫されたため、上記行為に及んだのであるから、かかる行為は、自救行為として違法性が阻却されないか。

 ア 自救行為とは、正当防衛を認めるだけの急迫性はないが、国家の救済を待っていては、法益侵害の回復が不可能、あるいは著しく困難になる場合に限り、被害者の自力によって救済をはかることを、例外的に認めるものである。

 ただし、自力救済の禁止の趣旨を没却するおそれがあるため、許容範囲は厳格に判断すべきである。

 具体的には、①違法な法益侵害があること ②国家の救済を待っていては、回復が不可能あるいは著しく困難になる、明白な事情が存在すること ③自救行為の相当性 ④自救の意思である。

 (ア)Yは脅迫を用いて甲所有の本件段ボール箱の占有を確保しようとしているため、違法な法益侵害が認められる。(①充足)

 (イ)しかし、Yは専ら、甲の弱みを握ったことを嬉々として金銭を要求していることから、本件段ボール箱を隠匿したり滅失させたりする意図はなかったと思われる。そのため、回復が不可能又は困難になる明白な事情があったとはいえない。(②不充足)

 (ウ)よって、自救行為は認められない。

 イ したがって、上記行為において違法性は阻却されない。

(3)以上により、甲に窃盗罪が成立する。

         _(:3 」∠)_

2 ドラム缶に火のついた本件帳簿を投げ入れた行為について、自己所有建造物等以外放火罪(110条2項)が成立しないか。

(1)ア 甲は、火のついた本件帳簿をドラム缶に投げ入れたのだから、「放火し」たといえる。

 イ 本件帳簿は、108条、109条に規定する物以外で、自己の所有にかかるものである。その他に、放火により、魚網が燃え上がっているが、無主物であるため110条1項にあたらない。

 ウ 本件帳簿は甲がライターで火をつけたことにより、「焼損し」ている。

 エ 「公共の危険」とは、108条、109条1項に規定する建造物等に延焼する危険のみならず、不特定又は多数の人の生命、身体又は建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解する。

 上記行為により、火のついた紙片が飛散して近くにあった漁網に燃え移っており、5人の釣り人が煙に包まれ、生命、身体に危険が及ぶおそれがあった。また、釣り人所有の原動機付自転車に延焼するおそれが生じているため、「公共の危険を生じさせた」といえる。

 甲は魚網、原動機付自転車、釣り人5人の存在を認識していなかったが、110条の「よって」という文言から、公共の危険に対する認識は不要と解する。

(2)したがって、甲に自己所有建造物等以外放火罪が成立する。

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3 乙がXの首を絞めているのを目撃したにも関わらず、敢えて止めずにその場を立ち去った行為について、甲に殺人幇助罪(199条、62条1項)が成立しないか。

(1)甲乙に意思連絡は一切ないため、共同正犯(60条)は成立しない。乙は甲の存在に気づいていないが、いわゆる片面的幇助の場合にも、正犯の実行行為を容易にすることは可能であるから、幇助犯の成立に意思連絡は不要と解する。

 後述する通り、乙の行為は殺人罪(199条)にあたり、甲はこれを「幇助した」といえるため、幇助犯(62条1項)が成立する。

(2)しかし、甲は何らXに手を下しておらず、かかる不作為の場合にも実行行為性が認められるか問題となる。

 ア 実行行為とは、法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為をいう。不作為によってもそれは可能であるから、不作為の場合にも実行行為性が認められる余地がある。

 もっとも、全ての不作為にこれを認めると、処罰範囲が広くなりすぎてしまうため、①実行行為者に作為義務が認められ、②作為が可能かつ容易である場合に限り、処罰されるものとするのが妥当である。作為義務の有無については、先行行為、引き受け行為、事務管理、法律上、契約上の義務、社会継続的保護関係、排他的支配などを総合考慮して判断する。

 イ(ア)Xは甲の実父なので、民法730条に基づき保護責任があり、甲はXを自宅で預かり介護していたのであるから、社会継続的保護関係が認められる。

 また、犯行現場は甲の自宅であり、他に人はいないのであるから、排他的支配も認められる。

 よって、甲には乙を止める作為義務が十分にあったといえる。(①充足)

 (イ)そして、甲が目撃した時点で、直ちに乙の犯行を止めて、Xの救命治療を要請していれば、Xを救命できたことは確実であったのだから、作為が可能かつ容易であったといえる。(②充足)

 ウ したがって、上記行為には実行行為性が認められる。

(3)甲の上記行為により、乙の首締め行為が継続したため、Xはそれにより窒息死しており、因果関係も問題なく認められる。

(4)ア もっとも、甲はXが自ら死を望んでいるものと誤信しており、故意が阻却されないか。

 甲は、殺人幇助の罪にあたることは全く認識していなかったのだから、38条1項により殺人幇助罪を問うことはできない。

(5)よって、殺人幇助罪は成立しない。

4 では、嘱託殺人(202条)の幇助犯は成立するか。行為者が認識していた事実と現実の結果が異なる場合に、軽い罪の範囲で処断できるかが問題となる。

(1)故意責任の本質は、規範に直面し、反対動機の形成が可能であるのに、敢えて行為に出たことによる道義的避難である。そうだとすれば、構成要件が重なり合う限度で責任を問いうると解される。

 重なり合いは、①保護法益の共通性、②行為態様の共通性を判断基準に考える。

(2)殺人と嘱託殺人は、どちらも生命を保護法益とするものであり(①充足)、客観的には全く同一の行為であるから(②充足)、構成要件の重なり合いが認められ、軽い嘱託殺人の範囲で罪が成立する。

(3)よって、甲に嘱託殺人の幇助犯が成立する。

         _(:3 」∠)_

5 以上により、甲に窃盗罪(235条)、自己所有建造物等以外放火罪(110条2項)、嘱託殺人罪の幇助犯(202条、62条1項)が成立し、全て併合罪(45条前段)となる。

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第2 乙の罪責

1 乙は、Xが死を望んでいないことを知っていたにも関わらず、「やめてくれ」と懇願したXの発言を無視し、殺意を持ってXの首を絞めて、これにより窒息死させたのであるから、殺人罪(199条)が成立する。